パール(真珠)の特性、特徴、希少性、石にまつわる伝説について

淡水パール
タヒチ産パール
パール(真珠) 6月の誕生石
原産地 オーストラリア、中国、インドネシア、日本、フィリピン、タヒチ
黒、クリーム、金、金色がかった黄、グレー、オレンジ、ピンク、銀、白
属性 有機物
硬度 2.50 - 4.50
屈折率 1.52 - 1.66
比重 2.60 - 2.85

パールは最も古くから知られるジェムストーンのひとつで、何世紀にもわたって最も価値があるとされてきました。価値があまりにも高いため、ローマの将軍ウィテリウスは、母親のパールのイヤリングの片方だけで、一回の戦役の経費をまるごとまかなったという言い伝えもあるほどです。

ありがたいことに、島の人びとが素潜りで青い海の底のパールを取ってくる時代はほぼ終わりました。天然パールに対する人々の憧れによって、一時はある種の貝が絶滅の危機に瀕し、この海の宝石はごく一部の選ばれた人々のものになっていました。しかし現在では、日本のうどん屋の息子だった御木本幸吉(真珠の養殖技術を完成させ、その品質を世界中に認めさせた人物)のおかげで、このデリケートな生態系の安全は守られるようになり、養殖ではない天然のパールはアンティークでのみ見られるものとなったのです。

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伝説

ローマの人びとはこの海の宝石に、ことのほか魅了されました。ローマ人のパール熱は紀元前1世紀にピークに達し、上流階級の女性たちは目を覚ましてすぐに自分の富を実感できるように、パールをつけたまま眠ったといいます(身分の低い人は身につけることを禁止されていました)。また、ドレスにあまりにもたくさん縫いつけていたので、パールをちりばめた裾を踏みつけて歩いていまし た。浪費家で有名だった皇帝カリグラは、愛馬を執政官に任命し、パールのネックレスで飾りたてました。 軍事的な業績で知られるジュリアス・シーザーは贅沢好きでもあり、パールの知識が豊富で、手の上で重さを測るだけでその価値を正確に当てることができたそうです。

クレオパトラは巨大な富と権力をみせるため、マルクス・アントニウスと、どちらがより豪勢な晩餐会を開けるかを競い合いました。そして自分のイヤリングのパールをひと粒くだいてワインに入れ、国家の富を飲み干せることをアントニウスに見せつけました。

パールの最初の産地はペルシャ湾と言われ、その地方の人びとはかつて、パールは月の象徴であり、不思議な力が宿っていると信じられていました。実際、最古のパールのジュエリーは、紀元前520年に亡くなったペルシャの王女のお墓から見つかったネックレスです。

パールの価値についての最古の文献は、紀元前23年の中国の書物で、位の低い王が「玉の形が完璧ではないパールのネックレス」を貢物にしたことに筆者が気づきます。中国の人々はまたパールを医薬品として、目の疾患や心臓の病気、消化不良、発熱、出血などの治療に使いました。今日でも、パールのパウダーは肌の美白などの化粧品として人気があります。

インドでは、パールは心に平安をもたらし、体と魂を強くすると信じられていました。大昔には、パールを丸ごとあるいは粉にしたものを飲みこむと、精神や心の問題を癒し、神経を丈夫にし、精力を強めるとさえ言われました。

コーランには、よきイスラム教徒は、天の王国に入る時に「比類なき輝きを持つパールの冠をかぶせられ、神秘のパールに似た美しい娘たちに付き添われる」と書かれています。

イザベラ女王はクリストファー・コロンブスの新世界発見の冒険の資金をまかなうために、素晴らしいパールのコレクションを質に出さなくてはなりませんでしたが、その投資は中米の海のパールが発見され、スペインの富が増えたことで報われました。アメリカ産のパールがヨーロッパの市場に流入したため、新たに発見された大陸は「パールの 地」と呼ばれました。残念ながらこの海の宝石への欲望と憧れは、アメリカ産のパールを育てるカキを17世紀までにほぼ絶滅させてしまいました。

暗黒時代の間、貴族の娘たちは繊細なパールのネックレスを大切にし、勇敢な騎士たちはパールを身につけて戦場へ向かいました。この輝く宝石の不思議な力が、危険から身を守ってくれると信じていたのです。

パールは純潔と無垢のシンボルであり、理想的な結婚の贈り物であると昔から考えられてきました。ヒンズー教では、結婚の儀式のひとつとして、穴のあいていないパールを捧げそれに穴を開けます。西洋ではパールは結婚3周年と30周年を迎える夫婦への贈り物によいとされています。

パールについて

パールの一生は異物(砂やサンゴ、寄生生物など)から始まり、それが海水あるいは淡水の貝、たいていはカキなどの二枚貝の殻の中に入ります。貝は自己防衛の手段として侵入物を「ナクレ」(アラビア語で貝を意味する「ナカラ」から)という玉虫色の光沢のある層で包み、それが魅力的なパールになるのです。自然の環境では、何年もののち、これが相当な大きさと品質のパールになります。

一方、養殖真珠の始まりは偶然の異物ではありません。12世紀の中国ですでに始まっていた真珠の養殖の第一歩は、「核形成」です。養殖真珠の一生は、球形のビーズあるいは外套膜組織が貝の中に入れられることで始まります。この植えつけが済むと、パール養殖業者は貝を金網のかごに入れ、水の中に下ろします。水産養殖業者は注意深く貝の世話をし、18か月間から5年間、成長を見守ります。真珠の色を決める重要な要素であるナクレの層の厚みは、養殖の期間で決まりま す。通常、市場に出せるのは半分だけで、最高品質のものは10パーセント未満です。パールは色のある宝石に分類されますが、独特な魅力があります。土や火から生まれる宝石と異なり、パールは水の中の生物から生まれる有機的な宝石なのです。

また、4Cの法則(カラー、カット、クラリティ、そしてカラット)が当てはまらないという点でも独特です。パールの鑑定には、全く異なる基準が必要です。パールはその色、光沢、表面の透明度、形、大きさによって評価されるのです。

パールの2つの色

パールの本体の色そのものは白、クリーム、ピンク、ロー ズ、金、銀、グレー、黒などです。色の好みは人それぞれなので、悪い色というものはありません。純粋に個人の好き嫌いによります。本体の色とは別に、パールの鑑定をするときに考慮しなくてはならない2つ目の色があります。この2つ目の色は、かすかな玉虫色の輝き(イリデッセンス)によるものです。本体の色に近い場合には特に、見た目ではすぐには分かりませんが、この輝きはパールに大きな魅力を与えます。特にこの玉虫色の輝きはパールの輪郭の弧の部分で最も強くなります。この美しくきらめく輝きは、「真珠光沢(オリエント)」あるいはオーバートーンと呼ばれ、ナクレの厚みを示しています。豊かな色合いの真珠光沢を持つパールは、一般的に真珠光沢が少ない、あるいは全くないものと比べて人気があります。

パールの光沢

パールは明るく、光を反射するジェムストーンです。汚れのない滑らかな表面を持つパールは、表面に傷のあるパールより光を多く反射します。鉱物系のジェムストーンに見られるインクルージョン(内包物)と同じように、自然が作るパールには傷があるものがほとんどです。 知恵のあるジュエリー職人は、穴をあける場所を傷の近くにすることによって、この問題を解決しています。

重さとサイズ

他のジェムストーンと同様、価値とサイズは本質的に関連があります。パールは大きいほど価値が上がります。けれどもひとつ重要なポイントがあります。パールを測る基準は重さではなくサイズ(例:8.5ミリメートル)なのです。

パールの産地

天然の物である以上、パールは条件が整った場合にのみ育ちます。産地が違えばパールの種類も違い、価格も違ってきます。最高品質のパールはフランス領ポリネシア、日本、中国などの海でできます。しかし環境や貝の種類、養殖技術などが異なるため、養殖パールにはそれぞれの特徴があります。

淡水パール

淡水パールは日本が最初ですが、現在では中国が主要な産地です。中国ではカキではなくイケチョウ貝を使った淡水パール養殖に力を入れ、成功しています。イケチョウ貝は二枚貝の仲間のカキほど有名ではありませんが、同じように質の高いパールを作ることができます。

タヒチパール

タヒチアン・パールはフランス領ポリネシア産のもので、熱帯の島タヒチがその名の由来です。海水に住む大きな黒いカキ(黒蝶貝)で育てられるタヒチアン・パールは、そのひときわ優れた美しさで人気があります。タヒチの澄んだ静かな海は、この素晴らしいタヒチアン・パールの理想的な養殖場です。タヒチの伝説によると、テ・ウフィ(黒蝶貝)は平和と豊穣の神オロによって人間にもたらされました。オロは虹に乗って地上にやってきて、美しい王女ボラ・ボラに永遠の愛の証しとしてパールをプレゼントしたということです。ヨーロッパに最初に渡ったのは1845年。ナポレオン3世の妻ユジェニーがタヒチアン・パールをファッションに取り入れました。ナポレオン失脚ののち、皇妃ユジェニーのネックレスはクリスティーズで2万ドルで落札されまし た。タヒチアン・パールで最も有名なのは「エズラ」で、ロシアの戴冠用宝玉の一部であったネックレスの中央に配置されていたものです。

タヒチアン・ブラック・パールは、世界中で非常に尊ばれています。最初の養殖場は1960年代の初めにヒクエル環礁とボラボラ島に作られました。1972年に輸出が始まり、生産はやがてマルテア島とマンガレバ島にも拡大しました。今日、タヒチアン・ブラック・パールはフランス領ポリネシアに広がる環礁や島、特にツアモツとガンビアの群島に囲まれた礁湖にある養殖場で生産されています。

タヒチアン・パールは一般的に8ミリメートルから16ミリメートルの大きさがあり、何千ものアラゴナイト(炭酸カルシウムの一種)の層からできています。他の種類のパールとは対照的に、タヒチアン・パールは4年間から5年間養殖され、ナクレの厚みは3ミリメートルから10ミリメートルです。

タヒチアン・パールには、緑や青、ピンク、すみれ色に揺らめく真珠光沢があります。この真珠光沢の色は、本体の銀や黒といった色と印象的なコントラストをなしています。このような真珠光沢、つまりオリエントの色には名前がつけられているものもあります(深い緑は「フライ・ウィング」、緑とピンクの組み合わせは「ピーコック」、暗い色合いの本体にピンクの真珠光沢のあるものは「エッグプラント」と呼ばれます)。

南洋パール

人びとの羨望の的である南洋パールは、オーストラリア、インドネシア、フィリピンが産地です。養殖に使われるのは暖かい海水を好み、金と銀のふちを持つ大きな白蝶貝です。様々な種類の白蝶貝で育てられる南洋パールは、素晴らしい色をしています。