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【私の宝石物語】タレント マッハ文朱さん《前編》

 各界で活躍する有名人の方々が、宝石への想いを紡ぎ出す「私の宝石物語」。今回お話してくれたのは、女子プロレス出身で、タレントとして活躍するマッハ文朱さん。いつも明るくパワフルなマッハさんを彩るのは、果たしてどんなジュエリーでしょうか?

マッハ文朱さん

 マッハさんといえば、元祖女子プロレスラーとして一世を風靡し、その後結婚して海外に移住、という経歴の持ち主ですが、海外で暮らしたからこそ、そして歳を重ねた今だからこそ実感出来る、宝石の素晴らしさがあるといいます。

「私に今、欠かせない宝石といったら…何といっても『真珠』ですね!」

 というマッハさん。インタビューに伺ったこの日も、耳元にはショートヘアによく映える、大きな真珠のピアスが。

「今日はたまたま一対の真珠ですけど、耳には奇数着けた方が運気が上がるって聞いて、(一対の)ピアスの上に別の真珠を重ねて着けたり、上の方にイヤーカフスのように着けてみたり。他の石と組み合わせる時も、真珠が一つあると品があっていいんですよね。大きい真珠から小さい真珠まで様々なサイズを揃えて、色々アレンジして楽しんでいますね。」

 今やマッハさんに「真珠」は不可欠。仕事でもプライベートでも、身に着けていないと落ち着かないそうですが、実はマッハさん、若い頃は真珠が苦手だったんだとか。

「若い頃は真珠に全く興味がないというか、逆に苦手だったんですよね。私の中では、ある程度の年齢の方が着ける宝石っていうイメージがあって。それが今、真珠に辿り着いてるっていうことに、自分でも驚いてます(笑)。」

お母様の形見の真珠のネックレス

▲お母様の形見の真珠のネックレス

ご両親の想い出のネックレスを結婚式で着けたマッハさん

▲ご両親の想い出のネックレスを
 結婚式で着けたマッハさん

 マッハさんが辿り着いた、真珠のジュエリー。その素晴らしさを教えてくれたのは、今は亡き、マッハさんのお母様でした。

「母はとてもお洒落な人でした。私は3人姉妹の真ん中なんですけど、私たち姉妹の洋服もあつらえてくれたし、自分のスーツも舶来のレースを使ってオーダーして、それに合わせて帽子も作ったり。そんな人だったんですね。ふくよかな体型で、宝石も大振りなものが好きだったんですけど、肝っ玉母さんみたいな母に、大きな宝石はよく似合っていて。でも今から20年程前、63歳で亡くなってしまいまして。それこそ救急車で運ばれる際にも、あつらえたお気に入りのガウンに着替えて行くくらい(笑)、お洒落にはこだわりのある人でした。そんな母が残した宝石を、3姉妹で形見分けしまして、私がもらったのが、真珠のネックレスと真珠の指輪だったんです。」

 聞けば真珠のネックレスは、お父様からお母様へプレゼントされたもの。生前お母様から、こんな話をよく聞いていたそうです。

「両親がまだ結婚する前のことです。母の話によると、母は父から言い寄られて言い寄られて、それはまあスゴかったらしいんですが、母の方はあまり乗り気じゃなかったみたいで(笑)。ところがある日、大きな粒の揃った真珠のネックレスを、父が母にプレゼントして求婚した訳です。父にしてみたら、大奮発して買ったんだと思います。しかも一粒一粒、粒を揃えて、母のために天然の真珠を探して作ったみたいで。別に真珠に釣られた訳ではないんでしょうけど、そこまでされたら、母の心も動いたようで(笑)。
『お父さんが私のために一粒一粒選んでくれた』って、耳にタコが出来るくらい母から聞かされた、想い出のネックレスなんです。」

 父から母への愛情が、たっぷり込められた真珠のネックレス。両親の想いが詰まったネックレスは、24年前、マッハさんが米国人パイロットのご主人と結婚した際、ウェディングドレスの胸元を彩り、花嫁を一段と輝かせました。そして今、その想いは次なる世代へ伝えられようとしています。

「私には二人の娘がいるんですけど、いつか娘たちが結婚する時には、お祖母ちゃんから伝わる真珠のネックレスを、是非着けてもらいたいですね。」

 長女はタカラジェンヌ・桃堂純さんとして活躍。20歳の次女・友基さんはプロテニスプレーヤーとして、世界を転戦する日々。二人ともまだまだ結婚の予定はありませんが、いつの日か花嫁になった時には、お母様の形見のネックレスを着けてあげたい。それが母・マッハさんの願いなんだそうです。

 年齢を重ねた今だからこそ、真珠の魅力を実感し、日々パールジュエリーにハマっているというマッハさん。あふれる「真珠愛」、そして海外で暮らしたからこそ、改めて気付いた宝石の素晴らしさは、次号の後編に続きます。

お楽しみに!

マッハ文朱さんプロフィール

1959年熊本県生まれ。
15歳で全日本女子プロレスに入門。長身のルックスとスター性で、女子プロレス始まって以来の人気スター選手となるも、2年8ヶ月で引退し、タレントに転向。人気を博す。25歳でタレント業を休業しニューヨークに留学。そこで知り合った台湾系アメリカ人のパイロット男性と結婚。二女に恵まれる。結婚後はアメリカで生活していたが、2013年日本に拠点を移し、20年振りに芸能活動を再開。現在はタカラジェンヌの長女と、兵庫県に在住。
昨年10月からは、KBS京都の情報番組「おやかまっさん」にメインMCとして出演中!(月~金 10:30~11:55放送)

番組ガイド誌「ジュエリー☆GSTV番組表」 2017年5月号掲載)

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