アヒマディ博士のジュエリー講座 Vol.32
20世紀初期に発見された「新宝石」クンツァイト

クンツァイト

 クンツァイトを紹介する前にまずこの人物から語らなければなりません。著名な宝飾店ティファニー社の初期主席宝石鑑別士であるジョージ・フレデリック・クンツ博士です。クンツ博士は1902年にカリフォルニア州サンディエゴ郡に分布するペグマタイト鉱床からピンク色のトルマリンと共に発見された、ナイフのような形がとても印象的な、淡いピンク色やパープリッシュ・ピンク色をした結晶に興味を持ちました。その結晶を調べた結果、リシア輝石(スポジュメン)という鉱物種に属する新しい色の変種であることが判明しました。その翌年、ノースカロライナ大学の化学専攻のチャールズ・バスカヴィル教授によって、アメリカ科学振興協会が発行する「サイエンス」誌にこの鉱物が紹介され、クンツ博士に敬意を表し、彼の名前に因んで「クンツァイト」と命名されました。白熱灯下では赤みのある美しい紫色に見えるため、「夜の宝石」とも呼ばれ、社交パーティーに欠かせない人気のある宝石です。

クンツ博士が1902年にアメリカのパラ鉱山から産出されたクンツァイト結晶を観察した様子が写真に収められ、筆者も同結晶を同じ姿勢で観察してみました

▲ クンツ博士が1902年にアメリカのパラ鉱山
から産出されたクンツァイト結晶を観察した様
子が写真に収められ、筆者も同結晶を同じ姿勢
で観察してみました

クンツ博士が観察した世界初のクンツァイトの結晶

▲ クンツ博士が観察した
世界初のクンツァイトの結晶

クンツァイトとは

 クンツァイトはスポジュメンの中でも最も価値の高い変種です。スポジュメンはリチウムとアルミニウムとシリカで構成されたケイ酸塩鉱物(LiAlSi2O6)で、主にペグマタイトの低温環境で成長したものが多いです。多くのリチウムが含まれるため、工業資源として大変重視され、オーストラリアやチリ、中国などで採掘され、リチウムを精製しています。スポジュメンはギリシャ語で“燃えると灰色になる”という意味を表す「Spodumenos」に由来しています。

 スポジュメンは一般的に白色と灰色を呈しますが、結晶構造中にあるアルミニウムと僅かな遷移金属元素が置換されると、様々な色が作り出されます。鉄が入ると黄色を発色し、欠陥による色中心(カラーセンター)を伴ってトリフェーン(Triphane)という変種になり、宝石コレクターに人気です。クロムが置換すると大変魅力的な緑色となり、ヒデナイト(Hiddenite)と呼ばれ、自然界では大変希少であるため、入手困難な宝石です。マンガンの場合は見事なパープリッシュ・ピンクに発色し、スポジュメンの新変種としてクンツァイト(Kunzite)と呼ばれ、ティファニー社ではレガシーストーンとして販売されています。

 クンツァイトは板状の結晶に成長し、表面に条線が良く見られます。最大の特徴は強い“多色性”を示すことです。結晶軸に沿って見た場合は大変深いパープリッシュ・ピンクを示し、マンガンの含有量が多ければ色が濃くなります。カッティングの職人もこの方向を正確に識別し、テーブルファセットに色が最大限に現れるようにカットしていきます。90度回すと、ピンクに変化し、板状の結晶面方向から見下ろすとほぼ無色に見えます。結晶内に平行に配列した成長管が多く含まれると、美しいキャッツアイ効果を示します。

クンツァイトの最大特徴としてみる方向によって色相も変わりますー「多色性」
写真では結晶の長軸方向に最も濃い紫ピンク色を示します

▲ 写真では結晶の長軸方向に最も濃い
紫ピンク色を示します

短軸方向では淡いピンクに見えます

▲ 短軸方向では淡いピンクに見えます
 

さらに板面から見下ろすときにほぼ無色になります

▲ さらに板面から見下ろすときにほぼ無
色になります

 また、クンツァイトは長波と短波紫外線下では“強いオレンジ赤色の蛍光”を示し、ブルーライトの下で大変魅力的です。また、ブラック・ライト(紫外線ライト)を消しても、しばらく光り続ける「燐光」を示すものもあります。

 注意点としては、クンツァイトは、2方向に劈開が発生しやすいため、職人はファセットカットするときに細心の注意が必要です。また、熱や強い光に長時間晒すと退色することがあります。一般的に、色の淡いものには、人為的照射処理と加熱処理を施し、色を濃くしています。

ブラジルのウルクン産淡いピンク色のクンツァイトは照射処理に用いられます

▲ ブラジルのウルクン産淡いピンク色
のクンツァイトは照射処理に
用いられます

照射と加熱処理後にピンクの色相は濃くなります

▲ 照射と加熱処理後にピンクの色相は
濃くなります

クンツァイトの原産地

 クンツァイトは世界中のペグマタイト地域から産出されますが、宝石品質のものは主にアメリカ、ブラジル、アフガニスタン、ナイジェリアに限られ、中国はその最大の輸入国となっています。

アメリカ

世界で最初のクンツァイト発見地アメリカ・サンディエゴ郡のパラ鉱山から採掘されたクンツァイトの原石

▲ 世界で最初のクンツァイト発見地
アメリカ・サンディエゴ郡のパラ鉱山から
採掘されたクンツァイトの原石

 1902年に、カリフォルニア州のサンディエゴ郡のパラ(Pala)地域でモルガナイトと共にライラック(Lilac)のような色のクンツァイトが世界で初めて発見され、アメリカ市場に美しいピンク色の石を提供してきました。その後、ノースカロライナとサウスダコタなどでも産出され、そこでは14メートルの大きさのスポジュメンの巨晶が発見されるなど、世界を驚かせましたが、宝石品質のクンツァイトを宝石市場に長く提供することはできませんでした。

アメリカカリフォルニア州のサンディエゴ郡にあるパラ鉱山

▲ アメリカカリフォルニア州の
サンディエゴ郡にあるパラ鉱山

パラ鉱山内でペグマタイト鉱脈中にトルマリンやクンツァイトを含むポケットを探します

▲ パラ鉱山内でペグマタイト鉱脈中に
トルマリンやクンツァイトを含むポケット
を探します

パラ鉱山から産出された素晴らしいクンツァイトの結晶とカット石

▲ パラ鉱山から産出された素晴らしい
クンツァイトの結晶とカット石

ブラジル

ブラジルのミナス・ジェイラス州東部にあるウルクン地域に分布するペグマタイトの風化表層

▲ ブラジルのミナス・ジェイラ
ス州東部にあるウルクン地域に
分布するペグマタイトの風化表層

ゴベルナドル バラダレス産クンツァイトの結晶

▲ ゴベルナドル バラダレス産
クンツァイトの結晶

 1970年代に、ミナス・ジェイラス州東部のウルクン(Urucum)とゴベルナドル バラダレス(Governador Valadares) 地域で良質のクンツァイトが発見され、2004年までに多くの淡いピンクからパープリッシュ・ピンクの石が採掘されました。一般的に、色の淡いものには人為的照射と加熱処理が施され、濃い色のものが市場に提供されてきましたが、鉱山は枯渇し、近年に閉山しました。

アフガニスタン

 1970年代に、アフガニスタンの首都カブールから北東部にあるヌリスタン(Nuristan)地域にある、幅が40メートル、長さが数キロメートルにも及ぶペグマタイト鉱脈から、多くのトルマリンやベリル、クンツァイトなどが発見されました。そして、淡いパープルからバイオレティッシュ・ピンクのクンツァイトの原石が毎年2000kgも世界の宝飾マーケットに提供され、宝石好きな方々を大変喜ばせました。90年代末に、この地域は閉山となってしまいましたが、新たにラグマン(Laghman)省のNilaw, Mawi, Korgalの三箇所 にある小規模のペグマタイト鉱脈中にクンツァイトが発見されました。そこで採掘されるクンツァイトは、マンガンの含有量が高く、色も非常に鮮やかで、産出量の24%は宝石品質となり、アフガニスタンのクンツァイト採掘は再びよみがえりました。

アフガニスタンのラグマン地域から産出された最も鮮やかなクンツァイト

▲ アフガニスタンのラグマン地域から
産出された最も鮮やかなクンツァイト

アフガニスタン北東部のヌリスタン地域から産出されたクンツァイト

▲ アフガニスタン北東部のヌリスタン
地域から産出されたクンツァイト

ナイジェリア

 アフリカにおいてナイジェリアはレアメタルの主要な生産国として注目される中、トルマリン、ベリル、ガーネット、サファイアなどの宝石産出国としても国際マーケットに大きく評価されるようになりました。その中でクンツァイトもナイジェリアの南部のイバダン(Ibadan)地域で採掘されましたが、色が淡いため市場では注目されませんでした。つい最近、南西部にあるコム(Komu)鉱山から最も紫の濃いクンツァイトが産出され、マンガンの含有量は0.2wt%に達し、世界でも最上級の色を示します。

ナイジェリアのイバダン鉱山

▲ ナイジェリアのイバダン鉱山

世界最良色を持つナイジェリアのKomu鉱山のクンツァイト

▲ 世界最良色を持つナイジェリアの
Komu鉱山のクンツァイト

イバダン鉱山付近で地元鉱夫と共に視察

▲ イバダン鉱山付近で地元鉱夫と共に視察

クンツァイトの選び方

 クンツァイトはアメリカ市場において大人気の宝石ですが、アジアではあまり知られていません。自然界で産出されたクンツァイトは淡いピンクの色合いのものが多く、自然光を長時間当てると色がさらに淡くなる場合があり、日光を避けて保管する必要があります。店頭でも強いライトの下で並べない方が好ましいです。近年は、アフガニスタンとナイジェリアからマンガンの含有量が高い鮮やかなクンツァイトが採掘されています。サイズも大きく、濃厚なパープリッシュ・ピンクを示し、退色せず、目を疑うほど美しく大変希少な色相です。

 クンツァイトの結晶は比較的大きく、宝石として大きいサイズにカットされます。内包物が少ないため、透明度が高く、深みのあるステップ・カットにすると、色も最大限に濃く見えます。また、クンツァイトは劈開が生じやすいため、割れ目のない石を選ぶことをお勧めします。希少で美しいクンツァイトは4大宝石に比べ、大きなサイズの石でも比較的手頃な価格で購入できます。

アヒマディ博士

執筆

阿依 アヒマディ理学博士・FGA

京都大学理学博士号取得後、全国宝石学協会 研究主幹を務め、2012年にGIA Tokyoラボを立ち上げる。現在はTokyo Gem Science社の代表そしてGSTV宝石学研究所の所長として、宝石における研究、教育セミナー、宝石鑑別などの技術サポートを行っている。宝石の研究、鑑別に関しては日本を代表する宝石学者。

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