イーダーオーバーシュタインの宝石彫刻 第2章 -7-
カメオ彫刻家 巨匠 Erwin Pauly

今回ご紹介するのは、カメオ彫刻家の巨匠、エルヴィン・パウリー氏です。日本にも非常に多くのファンを持つ有名なカメオ作家である彼は、今年83歳。驚くべきことに今現在でもカメオ彫刻を続けており、現在活動しているカメオ彫刻家としては、最高齢のパウリー氏。BS-TBSで放送中の「麗しの宝石ショッピング」でも多くのお客様からご注目頂いております。83歳になった今でもカメオ彫刻を続ける彼の原動力と魅力についてご紹介します。

イーダー・オーバーシュタインのカメオ彫刻をリードしてきた重鎮

ドドアウグスト・ヴィルド作「アーレスとデメータ」

▲ドアウグスト・ヴィルド作
  「アーレスとデメータ」

 エルヴィン・パウリー氏ご本人の紹介をする前に、カメオの故郷イーダー・オーバーシュタインと、パウリー氏に続く近年のカメオ彫刻家の流れをご説明しましょう。

 イーダー・オーバーシュタインは、ドイツの中心都市のひとつフランクフルトから南西に約130キロにある、人口は3万人弱の緑豊かな小さな街です。ドイツ語で「石の上の町」を意味し、ナーエ川の谷あいに位置しています。15世紀半ばにメノウ鉱山が発見されたことから宝石研磨技術が発展し、以降宝石産業の集積地として世界的な地位を確立、「世界一の宝石の町」と言われています。500年以上にわたり伝統と宝石文化を引き継いできたこの街で作られているのが、メノウカメオです。

 現代カメオの父と言われ、その高い彫刻技術から称賛されているアウグスト・ヴィルド氏(1891年~1956年)。1937年に開催されたパリ万博でグランプリを受賞した彼のカメオ「アーレスとデメータ」は非常に素晴らしく一見の価値があります。(現在はドイツ宝石博物館に収蔵、展示中)

 そして、アウグスト・ヴィルド氏の技術と精神を受け継いだのが、リチャード・ハーン氏(1917年~ 1999年)です。彼も、もちろん素晴らしい作品を残しましたが、彼は数多くの彫刻家を育て上げたことで評価されています。多くの若者がハーン氏に師事し、彫刻家として巣立っていきましたが、そのハーン氏に師事した弟子の一人がそう、エルヴィン・パウリー氏なのです。100年以上にわたり世代を超え引き継がれてきた技術と精神を持ち、そして83歳になる今もなお作品作りに励んでいる彼の姿は、言葉では言い表すことのできない信念と力強さを放っています。

 また、彼が重鎮と言われる理由の一つに、作り手として最前線で活動する一方で、業界の発展に尽力してきたという一面があることが挙げられます。彼は、マイスター試験の試験官として、ドイツ宝石博物館の理事として、また地元組合の代表として、後進の育成や業界の発展に長年にわたり貢献してきました。

パウリー・スタイル

次のモチーフをデッサンした原石とともに。

▲次のモチーフをデッサンした原石とともに。

 現代カメオを語るうえで、この言葉は外すことができないと言っ ても過言ではないでしょう。「パウリー・スタイル」とは、カメオの中に様々な要素をプラスして詰め込んでいくのではなく、取り入れる 要素を消去法で限りなくマイナスしていき、カメオをシンプルにする という考え方です。彼は、大半がオーソドックスなモチーフであった1980年代当時、いち早くパウリー・スタイルを考案し、独自のス タイルを確立していきました。

現在も毎日4時間、この彫刻台に向かい仕事をするパウリー氏。

▲現在も毎日4時間、この彫刻台に向かい仕事をするパウリー氏。 

パウリー・スタイルが表現された彼の代表的な作品。

▲パウリー・スタイルが
表現された彼の代表的な作品。

パウリー・スタイルの特徴

  1. (1) 「限りなく楕円になるような作品イメージ」 円はすべてが丸く収まるという意味を込めています。
  2. (2) 「顔はほんの少し上向きに」 これは、前に向かって進んでいくというメッセージ、そして希望の象徴と考えられます。
  3. (3) 「髪の毛の流れるような美しい曲線」 曲線は永遠を象徴しています。

溢れ出る創作意欲

アコーディオンを楽しそうに奏でるパウリー氏。

▲アコーディオンを楽しそうに奏でるパウリー氏。

パウリーご夫妻と筆者。アトリエの前にて。

▲パウリーご夫妻と筆者。アトリエの前にて。

 彼のアトリエを訪問するたびに困っていることが一つあります。それは、いつも時間が足りないということです。作品作りに関して溢れ出る熱い想いを聞いているうちに、あっという間に時間が経ってしまい、毎回時間が足りなくなってしまうのです。そんな彼が、以前私に話してくれた印象的な言葉をご紹介します。

 「我々彫刻家は技術の守り人だと思っています。現在83歳の私は、まだ自分が50代だと思って毎日作品作りをしているのです。これからもクリエイティブな仕事を続けて、皆さんが驚かれるような作品を作りますので、楽しみにしていてください」

 会うたびに、これから彫刻しようとしている作品について説明してくれ、嬉しそうに彫刻前の原石を見せてくれる彼。その溢れ出る創作意欲と情熱に、私は毎回圧倒されています。前回会った時は、趣味のアコーディオンを演奏し歌を披露してくれましたが、これはきっと指のトレーニングの意味もあるのでしょう。大きな夢を語る裏側には、日々の努力も欠かさないという姿を垣間見た気がしました。これからも素晴らしい作品を通して、きっと夢と希望を私たちに与えてくれるのではないかと期待しています。

エルヴィン・パウリー氏 略歴

1934年 2月、イーダー・オーバーシュタイン近郊に生まれる
1949年 15歳から宝石彫刻を学び始める
1952年 リチャード・ハーン工房に入門
1957年 マイスター資格を取得
1958年 自らのアトリエを開設
この間、様々な作品を制作し、美術館や博物館での展示なども行われる。また、20以上の賞を受賞
1999年 国家十字勲章を受賞
2016年 オランダ国立博物館にて、約1年間彼の作品が特別出展される

執筆

ストーンカメオ研究家 三沢 一章

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