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イーダーオーバーシュタインの宝石彫刻 第2章 -9-
完璧で個性的な彫刻を追い求める「Herbert Klein」

15世紀半ばにメノウ鉱山が発見されたことから宝石研磨技術が発展し、以降宝石産業の集積地として世界的な地位を確立、「世界一の宝石の町」と言われているイーダー・オーバーシュタイン。500年以上にわたり伝統と宝石文化を引き継いできたこの街で、メノウカメオに並び独自の世界観を築いているのが宝石彫刻です。今回は、宝石彫刻の老舗Herbert Klein社をご紹介いたします。

Herbert Kleinの歴史

Friedrich Wilhelm Klein(フリードリッヒ・ウィルヘルム・クライン氏)(ステファン氏の曽祖父)がイーダー・オーバーシュタイン近郊に生まれたのは1872年、今から140年も前のことです。ハーバート・クライン社の原点を作った初代と言えます。彼は、イーダー・オーバーシュタイン近郊に工房を持ち、1931年には30名の職人を率いてドイツだけでなく海外へ素晴らしい彫刻作品を輸出していました。
二代目にあたるHerbert Klein(ハーバート・クライン氏)(ステファン氏の祖父)は、宝石彫刻の職業訓練を終え、1946年3月にハーバート・クライン社を設立します。当時は、主にインタリオとカメオを彫刻していました。
三代目にあたるWolfgang Klein(ウルフガング・クライン氏)(ステファン氏の父)は、高品質のカラーストーンへの彫刻に特化し始めたことで、現在のハーバート・クラインの大きな流れを作ったと言えます。彼は、彼が当主を引き継いだ1970年代には、それまで中心であった造形樹脂への彫刻から、トルマリン、アクアマリン、アメジスト、シトリンといった宝石への彫刻が作品の大半を占めるようになりました。
そして四代目が、GSTVでもお馴染み現在当主のStephan Klein(ステファン・クライン氏)です。

Herbert Kleinの魅力

ハーバート・クライン社のジュエリー

▲ハーバート・クライン社のジュエリー

様々な彫刻作品を世に送り出している工房ですが、特にお花、葉、動物、蝶のモチーフの宝石彫刻は世界でも非常に有名です。彼らの作品の魅力は、完璧なまでに細部にこだわりをもっている彫刻と言えるでしょう。花びら表面の隆起、葉の葉脈、クマやサイなど大型動物の毛並や足の筋肉まで、彫刻の細部にまで手がかけられています。それが4世代にわたり脈々と受け継がれる、彼らの高い彫刻技術とこだわりの表れであると私は考えています。もちろん素材に対しても強いこだわりを持っています。私が工房を訪れると、原石の保管庫に案内され良質なアクアマリン、トルマリン、シトリン、アメジストなどの原石を見せてくれるのです。

花びら表面の隆起や葉の葉脈など、細部にまでこだわって作られています。

▲花びら表面の隆起や葉の葉脈など、細部にまでこだわって作られています。

工房で見つけたデザイン画。

▲工房で見つけたデザイン画。

Herbert Kleinの彫刻家

工房にて。(左からバステン氏、筆者、ステファン氏)

▲工房にて(左からバステン氏、筆者、ステファン氏)

Stephan Klein(ステファン・クライン氏)【作品の刻印:SK】

現在のハーバート・クライン社を率いる四代目当主。三代目ウルフガング氏の息子である彼は、1977年から1981年までハーバート・クライン社で職業専門訓練を行い、1985年にマイスター試験に合格しました。

Klaus Basten(クラウス・バステン氏)【作品の刻印:KB】

1940年12月生まれ。1956年5月に宝石彫刻の職業専門訓練を修了。1980年4月よりハーバート・クライン社 の彫刻家として活躍しています。とても陽気で、工房で声をかけると楽しそうに作品の説明をしてくれます。

Werner Lautz(ヴェルナー・ラウツ氏)【作品の刻印:WL】

1931年8月生まれ。1946年から3年半の間、宝石彫刻の職業専門訓練をハーバート・クライン社で行い、 宝石彫刻家としてデビューしました。彫刻と絵画に特に優れ、非常に才能のある作家です。ハーバート・クライン社に宝石彫刻家として53年間従事しました。

Matthias Fickinger(マティアス・フィッキンガー氏)【作品の刻印:MF】

1973年11月生まれ。1989年に宝石彫刻の職業専門教育を修了。2006年にはマイスターを取得し、様々な彫刻を行っています。

Herbert Klein作品の伝道師

ガブリエル氏と筆者。

▲ガブリエル氏と筆者。

ハーバート・クライン社で忘れてはいけないのが、Gabriele Klein(ガブリエル・クライン氏)の存在です。ウルフガング氏の娘である彼女は、1981年より素材調達やマーケティングを担当し、見本市出展やバイヤーとの交渉を担当し、ハーバート・クライン作品の普及に尽力しています。私たちが工房を訪れると、いつも笑顔で迎えてくれるのが彼女です。作品が世界できちんと評価されるためには、彫刻家を陰で支える彼女のような伝道師の存在が非常に大きいと私は思います。

執筆

ストーンカメオ研究家三沢 一章

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