イーダーオーバーシュタインの宝石彫刻 第2章 -10-
脈々と受け継がれる彫刻一家 Postler工房

 15世紀半ばにメノウ鉱山が発見されたことから宝石研磨技術が発展し、以降宝石産業の集積地として世界的な地位を確立、「世界一の宝石の町」と言われているイーダー・オーバーシュタイン。500年以上にわたり伝統と宝石文化を引き継いできたこの街で、脈々と彫刻技術が受け継がれ代々彫刻を職業としている一家をご紹介いたします。

ポストラー工房とは

 1942年生まれの現在75歳になるマイスター彫刻家ハインツ・ポストラー氏が、現代ストーンカメオ界の巨匠リチャード・ハーン氏に師事した後、1968年にイーダー・オーバーシュタインに開設した工房です。現在では、ハインツ氏の息子であり彫刻マイスターのマティアス・ポストラー氏(ハインツ氏曽祖父から数えて5代目)が当主を務めています。また、ハインツ氏の娘であるシモーネ・ポストラー氏も彫刻マイスターとして作品作りに取り組んでいます。
 ポストラー工房の躍動感溢れる小動物の彫刻やカメオは定評があり、世界中にファンがいます。馬と猫のモチーフは日本でも特に人気が高く、これまで何度もご紹介させていただきました。ポストラー工房の作品の特徴の一つは、素材となる原石を限定することなく、様々な素材を取り入れた彫刻をすることでしょう。石を触り眺めていると色々なアイディアが溢れてくるという彼らの工房には、確かにいつ訪れても彫刻途中の大小様々な原石が並んでいます。

次の作品のための大きなアクアマリン

▲次の作品のための大きなアクアマリン

彫刻台の隣に所狭しと並ぶ彫刻前の宝石

▲彫刻台の隣に所狭しと並ぶ彫刻前の宝石

ポストラー家の歴史

 ポストラー家の歴史は、今から160年以上前の1857年に、ハインツ・ポストラー氏の曽祖父にあたる初代が、イーダー・オーバーシュタインで宝石研磨を始めたことに遡ります。その後、ハインツ氏の祖父と父はダイヤモンド研磨師として生計を立て、その3代続く研磨師の家系に生まれたのがハインツ・ポストラー氏です。
 近代イーダー・オーバーシュタインにおける研磨の中心にいた一家に生まれたハインツ氏は、研磨だけではなく彫刻技術も学ぶことで、世界各地から集まる素晴らしい原石を用いた作品作りを始めます。彫刻の基礎を学んだのは、やはり縞メノウを用いたカメオ彫刻でした。宝石彫刻家としてポストラー家が注目されるのは、このハインツ氏の取り組み以降と言えます。
 ポストラー家の特筆すべき点は、脈々と続く研磨彫刻技術が伝承され、現在でも素晴らしい彫刻作品を世界に向けて発信している点にあります。

彫刻家略歴

左より シモーネ氏、ハインツ氏、マティアス氏、筆者

▲左よりシモーネ氏、ハインツ氏、マティアス氏、筆者

Heinz Postler ハインツ・ポストラー氏

1942年 イーダー・オーバーシュタイン近郊で生まれる
1957年 現代ストーンカメオ界の巨匠、リチャード・ハーンに師事
1968年 マイスター試験に合格、ポストラー工房開設
2016年 工房運営を息子のマティアス・ポストラーに譲る
現在は、イーダー・オーバーシュタイン近郊で採掘された縞メノウを素材として、カメオ彫刻を行っている

今の心境: 息子と娘に彫刻家として跡を継いでもらってとても嬉しい。

Matthias Postler マティアス・ポストラー氏

1969年 ハインツ氏の息子として生まれる
1986年 ポストラー工房で3年間宝石彫刻の職業訓練を受ける
1995年 マイスター試験合格
1996年 年間最優秀マイスターとして表彰される
2016年 ポストラー工房の当主として、様々な作品制作に取り組む

今の心境: 29年前に父に入門した際、父の求めるクオリティーの高さに驚愕した。それ以来、父の期待はとても大きくここに至るまでの道はとても険しかった。

Simone Postler シモーネ・ポストラー氏

1971年 ハインツ氏の娘として生まれる
1987年 ポストラー工房で3年半宝石彫刻の職業訓練を受ける
2000年 マイスター試験合格
2002年 年間最優秀マイスターとして表彰される

今の心境: 親子三人揃ってマイスターとして彫刻に携われることは、本当に誇らしいことだ。

ポストラー工房の語られない真実

「ジョン・F・ケネディとロバート・ケネディ」

▲「ジョン・F・ケネディとロバート・ケネディ」
1968年ハインツ・ポストラー作

「アムールとプシュケー」

▲「アムールとプシュケー」
1968年ハインツ・ポストラー作

 ハインツ氏は、次世代の彫刻家を育てることにも長らく力を注いできました。これまでに師事した8名の彫刻家をマイスター試験に合格させるなど、宝石彫刻の伝道師としても活躍してきました。GSTVでもお馴染みのミシャエル・ポイスター氏や、ユルゲン・トーム氏はポストラー工房の出身です。

 ポストラー家の皆さんとは長らくお付き合いをさせていただいていますが、その中で最近知って驚いたことがあります。ハインツ氏が工房を開設した頃に制作したストーンカメオが、アメリカ・ワシントンDCにあるスミソニアン博物館に展示されているというのです。自らの作品のことを大々的に話すことのない、職人気質の彼ならではのエピソードです。今回特別に展示されている作品の当時の写真を見せていただきました。

 技術継承の難しさや後継者不足といった問題が顕著になる中で、一家3名が彫刻家として活躍している姿はとても素晴らしく、私もイーダー・オーバーシュタインの宝石彫刻を紹介する一人として大変誇らしく思います。
 今後も彼らの益々の活躍にどうぞご期待ください。

執筆

ストーンカメオ研究家三沢 一章

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